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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)598号 判決 1977年3月31日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人柚木司の上告理由について

原審の認定するところによれば、(1)上告人は、昭和三八年一二月頃から、訴外株式会社東屋商事(以下「東屋商事」という。)からその所有にかかる本件建物のうち本件賃借部分を賃借していたところ、昭和四〇年に被上告人が東屋商事から本件建物の所有権を取得して右賃貸人の地位を承継したので、昭和四一年五月改めて被上告人と期間を二か年とする賃貸借契約を締結し、期間満了のつど右契約を更新してきた、(2)ところがその後、上告人は、本件建物の敷地である本件土地の所有者訴外田中光男から土地の不法占有を理由に本件賃借部分からの退去とその敷地の明渡しを求める訴訟を東京地方裁判所に提起されて敗訴し、右敗訴判決に基づく強制執行を受け、昭和四五年一一月本件賃借部分から退去した、(3)被上告人は、右訴訟について上告人のため自己の費用で弁護士を依頼してやり証拠を蒐集したりしたが、昭和四二年八月八日第一審で敗訴となり、控訴したが昭和四五年一月二四日控訴棄却となり、更に上告したが同年七月二一日上告棄却となつて、結局上告人の敗訴が確定するに至つた、(4)他方、前記田中光男は昭和三八年三月東屋商事を相手取り本件建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴訟を東京簡易裁判所に提起し、昭和三九年六月には建物収去土地明渡しを命ずる一審判決が言い渡され、東屋商事の控訴申立により事件が控訴審に係属中、被上告人は、右訴訟係属の事実を知らずに借地権があるものとして東屋商事から本件建物を譲り受け昭和四〇年三月八日その所有権移転登記を経由したので、右訴訟を引き受けさせられたが、同年一〇月二八日控訴棄却の判決の言渡しを受け、更に昭和四二年四月二六日上告棄却の判決の言渡しを受けて右敗訴判決が確定した、というのである。原審は、これらの認定事実に基づき、本件賃借部分の賃借人である上告人は賃貸人である被上告人の履行不能によつて本件賃借部分を使用収益することができなくなつたことは明らかであるが、被上告人は、本件建物を取得したことに伴い本件賃借部分の賃貸人になつたものであるから、被上告人と上告人との間で改めて賃貸借契約を締結したとしても、実質的には被上告人が本件建物を取得したことに伴つて当然に賃貸人の地位を承継したものにほかならないし、また、被上告人は敷地所有者から収去を求める訴訟係属中の本件建物を取得したものであるから、被上告人が右賃貸人の地位を承継した当時右訴訟係属を知らず借地権があると思つていても、客観的には本件建物を収去してその敷地を明け渡さなければならない事由すなわち本件建物の賃貸借が履行不能となる事由はその前に既に生じていたものであるのみならず、被上告人は、本件建物を譲り受けたのち、既に係属していた敷地所有者との間の本件建物収去土地明渡訴訟を引き受け、また、上告人に対して提起された本件賃借部分からの退去を求める訴訟のために、自己の費用で、弁護士を依頼し、証拠を蒐集し、控訴・上告をして争つたにもかかわらず、右履行不能の生じるのを免れることができなかつたのであり、いうならば被上告人は瑕疵のある賃貸人の地位を承継したものとしてできるだけの可能な努力を尽くしており、信義則上これに賃貸人として責を負わせることは酷であるから、上告人が賃貸借契約に基づき本件賃借部分を使用収益することができなくなつたのは被上告人の責に帰すべき事由によるものではなく、被上告人に対し履行不能の責任を追及することはできないというべきであると判断し、上告人の本訴請求を棄却した。

ところで、債務が履行不能となつたときは、債務者は、右履行不能が自己の責に帰すべからざる事由によつて生じたことを証明するのでなければ、債務不履行の責を免れることができないものと解すべきであり(最高裁判所昭和三二年(オ)第五七一号同三四年九月一七日第一小法廷判決・民集一三巻一一号一四二頁)、ここにいう責に帰すべからざる事由がある場合とは、債務者に故意・過失がない場合又は債務者に債務不履行の責任を負わせることが信義則上酷に失すると認められるような事由がある場合をいうものと解するのが相当であるところ、原審の前記認定によれば、上告人が本件賃借部分を使用収益することができなくなつたのは、被上告人の過失によつて生じたものと認める余地が十分にあつて、いまだ信義則上被上告人に履行不能による責任を負わせることが酷に失する場合にあたるものと解することはできない。したがつて、前示履行不能が被上告人の責に帰すべき事由によるものとは認められないとした原判決には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽又は理由不備の違法があるというべきであり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、更に審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

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